2013年

7月

17日

お茶しに来て。

3・11以後、福島を離れ生活している理事から、事務所にクッキーの差し入れがありました。総会に合わせて送って頂いたようなのですが、当日は事務所に寄らずに会場入りしたため、間にあいませんでした。ごめんなさい。ということで、クッキー詰め合わせもあることですし、この機会に、新事務所未体験の方!ぜひ、お茶のみに来て下さい。

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2013年

6月

07日

牛すじネギ焼 850円!

5月の下旬に大阪は堺に行ってきました。
目的は、日本フェミニストカウンセラー学会堺東大会。
郡山から総勢5名で,東北新幹線から東海道新幹線と乗り継ぎ、JRから南海鉄道へ。駅ごとに駅員さんに確認したりして、堺東の会場にやっとたどり着きました。
東海道線では、3列の座席を回転させてお菓子を食べたり。まるで女子校の修学旅行状態。
女子だけで旅行も良いなーなんて、久しぶりに思ったりしました。
とはいえシンポジウムやワークショップにも参加して、ちゃんと勉強してきましたよ。
全国から参加した会員同士の交流会では、美味しいお料理とバンド演奏で盛り上がりました。立食パーティでしたが、できたてのお料理がたくさん出て「さすが食にうるさい大阪や」と感心しました。

 

写真は、移動の途中で食べた「牛すじネギ焼」。

 生地に大和芋が入っていて、もちっりこってり。分量のわりにおなか持ちが良かったのでした。美味しいものは人を幸せにしてくれますね。(青)


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2013年

5月

31日

カレンダー。

カレンダーの写真は、ネパールの学校の子どもたち。
カレンダーの写真は、ネパールの学校の子どもたち。

5月も終わってしまう。

これは家のデスク上にかけてある「子どもの権利条約」カレンダー。

顔をあげるたびにこの子のかわいい笑顔があって、わたしもついほほえんでしまう。だから5月は、いつも目を見合わせて笑っていた。

(胸がちょっと締め付けられるのは、この子の手元にあるぼろぼろにすり切れた教科書。きっとたくさんの子が、この教科書を大切に大切に使ってきたんだろうなと思う。)

この笑顔とお別れなのが、少しさびしい月末でした。(惠)

 

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2013年

5月

22日

不採用。

申請していた助成金の結果「見送り」という返事がきてしまった。予想はしていたけれど、やっぱりへこみます。

「見送り」とか「不採用」の通知を受け取るたびに思い出すのは、作家の林真理子がエッセイ集(たしか『ルンルンを買っておうちに帰ろう』だったと思う)で書いていたエピソード。

彼女は就活していたとき100社ぐらいアッタクしたそうで、次から次へと不採用になったけど、それでもあきらめず、最後のほうは不採用の通知をファイリングするのに快感さえ感じるようになった…というようなお話し。すごいガッツがあるな〜と思ったものだ。

わたしだったら100社落ち続けていたら立ち直れないような気がする。でも、このぐらいのしぶとさがないと、チャンスはものにできないのかもしれない。

彼女のファンじゃないけれど、このガッツだけは見習おうと思った。

で、以来、打たれ弱いのはあまり矯正されていないが、「不採用」の文字を見たときに自分を励ます最強のネタにはなっている。(惠)

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2013年

5月

16日

「ナヌムの家」

1999年の夏、映画『ナヌムの家』自主上映を企画した仲間と韓国の「ナヌムの家」を訪ねた。

ハルモニ(おばあさん)たちが娘の頃の韓国では、離婚した娘は、実家の門は二度とくぐれなかったという。まして、汚れた娘(悲しい表現・・)などに戻れる場所はなかった。戦後、命からがら祖国に戻っても、日本軍の「慰安婦」だったという過去は、生きて行くには、どうしても隠さなければならない事実だった。しかし、その記憶は、何十年過ぎても消えることも、薄れることもなかった。

戦後45年の1991年に、一人のハルモニが手をあげた。日本は事実を認め、謝ってほしいとー。すると、後を追うようにハルモニたちが次々と手をあげ、名乗り出た。名乗り出たことで、過去を隠し通してつかんだ幸せ(家庭)を手放した者も出た。それでも、ハルモニたちは、謝って欲しいという。事実を認め、謝ってもらったとしても、過去の辛い記憶が軽くなることも、癒されることもない。なのに、なぜ?

 

「ナヌムの家」の上映会から、13年が過ぎた。その間、DV問題や、ジェンダー平等、性暴力など社会が抱える問題について、学び、考えてきた。

時折、思い出していたのが、ハルモニたちの「想い」への“なぜ?”だった。今ならその想いがいくらかは理解できる(と思っている)。

ナヌムの家のハルモニたちは、自分の残りの人生をかけ、人としての尊厳を取り戻すために立ち上がったのだ。自分たちは悪くない、悪いのは日本軍。「慰安婦」の記憶は、人間としての記憶ではない。物として扱われ、使い捨てにされた物としての記憶。事実を認め、謝罪されることで、少しでも人として認められる、そう思っていたのではないか。


今、また、「従軍慰安婦」という言葉が世間をにぎわしている。ハルモニたちが望む「事実認識と謝罪」が遠のく気配だ。戦後68年の今、ハルモニたちに残された時間も少ない。彼女たちは生きている間に、尊厳を取り戻せるのだろうか。今、まさに日本の私達の対応が問われている。(青)

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2013年

5月

15日

とんでもない人たち。

女性手帳」なるものが話題になって、一言書こうと思っていたら、今度は大阪の橋下市長が、風俗活用・「慰安婦」容認の発言をしたというニュースが舞い込んできた。

なんか、どうしようもないな、この人たち、と思った。それから、結局この考え方の根っこはおんなじだな、とも思った。

それは、女の身体はコントロールする/できるもの、勝手に「使用」していいものと考えているらしい、ということだ。

とんでもない。こういう人たちをのさばらせておいてはいけない。(惠)

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2013年

5月

13日

えらいぞ、ココラジ。

昨年春の地デジ移行を機に、テレビのない生活をしている。で、もっぱらラジオを聞いていたのだが、あるとき置き場所を変えたら、とたんにどの局も入らなくなってしまった。唯一、聞けるのが地元のコミュニティFM「ココラジ」。

仕方なく(すみません)毎日聞くようになったのだけど、これが意外とえらかった。というのは、ほとんどのパーソナリティが脱原発、No Nukes、機会があるごとに、ちゃーんと主張している。おまけに週1回ほど、原発や放射能問題、自然エネルギーなどをテーマにした講演会・シンポジウムの録音を、端折らずしっかり流してくれる。すごくためになる。

こういうこと、全国の人にも聞かせてあげたいよ! と思うこともしばしばだ。

ココラジ、その姿勢を貫いてください。応援しています。(惠)

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2013年

5月

10日

5月の午後に。

うららかに晴れた5月のある日。

郡山駅前広場にある噴水そばのオブジェに、制服姿でのぼっていく女子高生を見かけた。そのあとから、ラーダーズジャケットにブラックジーンズの、やはり女の子がのぼっていく。

そのようすがとても楽しそうで、しばし見ていた。

 

高みに着いた2人。手をつないで腰を下ろし、すごく自然な感じでキスをした。

わ〜、いいなあ…。思わずそう思ってしまうほど、やさしくてさわやかな光景だった。

駅前には人がたくさんいて、明るい日ざしが降りそそいでいる。彼女たちはオブジェから降りてからも、腕をからませて仲よさそうに歩いている。

のびのびと明るい女の子たちを見ていたら、な〜んか異性愛とか同性愛とかくくるほうが不自然な気がしてきた。

すべての女の子たちが(もちろん男の子たちも、そしてわたしたちも)、伸びやかに自分の感情やセクシュアリティを肯定して生きられますように。(惠)

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更新情報

☆【お知らせ】 New!

2016/3/12

ジェンダーカフェat郡山

 

☆【福島県知事選公開質問状】

立候補予定者に公開質問状を送付。

公開質問状の回答について。

回答についての識者コメント

福島県知事選リンク集 

 

☆【活動報告】 New!

学習会「ジェンダー視点の支援活動のために、もっとネットワーキング!

 

☆【イコール・プレス】

59号を発行しました。

   

☆【ブログ】

2014/10/24 

ジェンダー平等、候補者の考えは?

2014/10/20

「やより賞」川柳部門、受賞ならず。 

 

ジェンダー・カルタ】

 

☆【3.11証言記録集】

「ふくしま、わたしたちの3.11

    〜30人のHer Story〜」

 

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